Yuma Nagasaki

校長 & General Manager

永崎 裕麻

  1. 初海外は22歳でオーストラリア
  2. 脱サラ世界一周へ
  3. 「フィジー」との出会い
  4. 本を出版
  5. 内閣府事業に参画
  6. 「40歳定年制」の実践
  7. COLORSプロジェクトへ参加

1.初海外は22歳でオーストラリア

大学3年のとき、就職活動から逃避するため、1年間の休学を決心。
休学届を大学に提出する際、休学の「理由」を書くところがあり、もっともらしいことを書かねばと、「海外で英語を学ぶ」と書いた。海外経験がゼロの私に、そんな予定は微塵もなかったけど。。

休学を決めてから、休学中のプランを考え始めた。
就活は1年先延ばしできたけど、休学中に何かをやらねば1年後の就活で地獄をみることになる、、。「んーーー、海外に長期で行くくらいしとかないと、就活でアピールできないかも」と感じ、旅行会社に行って、「オーストラリアでファームステイ(半年間)」に申し込むことに。22歳で初海外へ。

初海外は想像以上に刺激的だった。
半年間で7箇所のファームで仕事を体験し、オーストラリアを一周。
自分の狭い常識がどんどんアップデートされていき、食わず嫌いだった「海外体験」にハマっていった。

2.脱サラ世界一周へ

日本に帰国し、就活スタート。
オーストラリアでの体験を軸に自己PRを作り、第一志望の会社から内定をもらう。
卒業後、システム・エンジニアとして社会人生活がスタートするも、多忙を極め、「この先に幸せな未来はあるのか」と自問自答する日々。

サラリーマン3年目のある日、「世界でもっとも住みやすい都市ランキング」なる調査結果をたまたま発見。当時のベスト5は、ウィーン、メルボルン、バンクーバー、パース、ジュネーブ。

「もしかしたら日本以外にもっと自分にフィットする国があるかもしれない」という考えがふと頭に浮かび、会社を辞め、移住先を探す世界一周の旅へ。

永崎 裕麻

3. 「フィジー」との出会い

合計2年2ヶ月の旅。
オセアニア、中南米、北米、中東、アフリカ、ヨーロッパ、アジアを転々とし、約80カ国を訪問。

旅中の無数とも思える出会いの数々。
その中、フィジー人たちの魅力に衝撃を受ける。

目が合うとすぐに最高の笑顔を見せ、話しかけてきてくれる。フィジー人と一緒にいると、大きな自然にハグされているような気分になれ、くだらないことで悩んでいる自分に気づき、開き直るパワーをもらえる。フィジー人は私にとって「歩くパワースポット」だった。

旅が終わりを迎えたとき、「今まで出会ってきた人たちの中で、フィジー人ほど幸せそうに生きている人たちはいなかったのではないだろうか」「そんな幸せな人たちと一緒に暮らしてみたら、私の価値観なんて丸ごとひっくり返るような経験ができるのではないだろうか」、そんなことを感じ、旅後すぐにフィジーへ移住。

4. 本を出版

フィジーに移住し、語学学校で勤務開始。
ホームステイをしながら、フィジー文化に没入。「シェア」や「助け合い」の習慣などに感銘を受け続ける日々を送る。

フィジー移住4年目(2011年)、突然、フィジーが「世界幸福度ランキング」で1位に輝く。私がフィジー人に対して「なんて幸せそうな人たちなんだ」と個人的に驚いていたものが、世界で一位の幸せだったと知った。その後も、2014年、2016年、2017年と1位を獲得。

フィジー移住9年目、「なぜフィジー人はそんなにも幸せを実感できているのか」について、またフィジーという国そのものについて、日本人に伝える義務が私にはあるのではないかと感じ、『世界でいちばん幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論』(いろは出版)を出版。

永崎 裕麻

5. 内閣府事業に参画

フィジーでの勤務と並行しながら、日本の「内閣府事業」にも頻繁に参画。
第25回「世界青年の船」事業には教育ファシリテーターとして、第40回「東南アジア青年の船」事業にはシンガポール代表団をまとめる通訳として。また、次世代グローバル・リーダー事業には日本国ナショナル・リーダーとして選出していただき、これまでの海外経験を発揮する場をいただいた。

永崎 裕麻

6. 「40歳定年制」の実践

2017年9月、ダブル成人である「40歳」を迎える。
その3ヶ月後、10年以上勤めた語学学校を退職し、「40歳定年制」を実践し始める。
「40歳定年制」は、東京大学大学院の柳川範之教授が提唱している考え方で、国家戦略会議の中でも提言されている。「40歳でリタイアしよう」という意味だと誤解されることが多いが、そういう意味ではなく「75歳くらいまで生き生きと働くために、40歳くらいでいったん区切りをつけよう」という提案。
人生100年時代、75歳まで働くとすれば40歳時点でも、まだ35年もの期間を働くことになるので、一度、40歳くらいで立ち止まり、今後のライフキャリアについてじっくりと考える時間を確保しようということ。

7. COLORSプロジェクトへ参加

永崎 裕麻

40歳定年を実践中に、COLORS代表の多田から「生徒・教師・地域の人たち、みんな幸せになれる語学学校をフィジーに創りたい。だから力を貸して欲しい」と誘いがあり、本プロジェクトへの参加を決心。
「フィジー」がもつ魅力を120%、生徒さんに体験してもらえる仕組みを探求し、日々アップデートを続けている。

フィジーで出逢う「新しい仲間」たちと共に、英語を学び、異文化を経験し、社会とつながり、自身のライフスタイルを磨いていく。 そんな人生最幸の時間をみんなで共有すれば、そこでの出逢いが必然だったように感じられ、偶然の出逢いが「生涯の財産」になっていきます。 ぜひぜひ、フィジーという国を、また、COLORSという学校空間を、人生のターニングポイントとして体験していただけたらと思います。